いつか誰かを殺してしまいそうな人は「マキシマム ザ ホルモン」のライブに行ったらいい

困った。非常に困った──。何に困っているのかというと、2019年6月5日、Zepp DiverCity TOKYOで開催されたマキシマム ザ ホルモンのライブ「これからの麺カタコッテリのTOURをしよう」のライブレポが全く書けずに困り果てているのである。

ロケットニュース24、および私、P.K.サンジュンに求められているのは、音楽サイトのようなライブレポではないハズ。そっち系の記事は書いたことがないし、専門家たちより上手く書ける自信もない。だが、あのすさまじいライブをどう伝えたらいいのか? 本当に困った。

・見切り発車

のっけから脱線するようで恐縮だが、普段私は記事を書く際「タイトル」から決めていく。多少ネタが弱くても引きのあるタイトルを思いつけば書き始めるし、逆にネタが良くてもタイトルが弱いとボツにする。どれだけいい文章を書いても、タイトルが弱いせいで読んでもらえなければ意味がないのだ。

だが、この記事はタイトルを後回しにして書き始めている。最終的にどんなタイトルがつくのか現段階では不明だし、これから何を書き進めていくべきかもわかっていない。それでも全力で伝えねばなるまい、昨日のライブの衝撃とその凄まじさを──

さて、私が今回のライブに招かれたのは、2019年5月に公開したマキシマムザ亮君へのインタビューがきっかけである。これをご縁に亮君から「ライブにもぜひ遊びに来てください」とありがたすぎるお誘いをいただいたのだ。

腹ペコ(ホルモンファンの総称)で、フェスを含めれば何度もホルモンのライブを観てきた私は、即答で申し出を受けた。「うぉぉおおお! ホルモンのライブに行けるなんてラッキーすぎィィイイイイ!!」とあまり深く考えずに。

・ホルモンという高すぎる壁

インタビューの際、初めて会ったマキシマムザ亮君の印象は、一言でいえば「超繊細かつ超ピュアな人」といった感じだろうか。刺激的すぎるその見た目とは裏腹に、人を傷つけぬよう言葉を選びつつも、一方で無邪気さを併せ持っていた亮君。おそらく、一般の人ではなく腹ペコたちが想像する亮君にかなり近いハズだ。

そのマキシマムザ亮君は “こだわりの人” でもある。音楽やライブはもちろんのこと、おそらく傍から見ればくだらないことにさえ深くこだわる性質(タチ)なのだろう。元々亮君が持つ高いセンスとそのこだわりが「マキシマム ザ ホルモン」を形成しているのだ。

一方で、私は物事にあまり深くこだわらない性格である。状況にもよるが、記事も「70点でOK」と見切りを付けることもなくはない。記事そのもののクオリティよりも、鮮度やスピード感を総合的に考え「まあ、大丈夫っしょ」と思えれば、ある程度は妥協できるのだ。

だがしかし、おそらくこの記事はマキシマムザ亮君を筆頭に、ナヲちゃんもダイスケはんも上ちゃんもきっと目を通してくれるハズ。ホルモンの面々に「つまらねえ」「センスねえ」と思われるのは絶対にイヤだ。だから私は震えながらも全身全霊でこの記事を書き上げるつもりだ。

さてさてさて──。

前置きがかなり長くなってしまったが、ここからが肝心のライブレポである。この日、私は最初から最後まで2階席で微動だにせずライブを見続けた。勝手に動き出しそうになる体を必死に押さえつけつつ、視覚と聴覚に全神経を集中させ、4人の一挙手一投足を見逃すまいと。

・全身全霊のライブ観戦

いつもならば前方で力の限り手を叩き、のどが枯れるまで叫び、そして跳ね続けるホルモンのライブ。今回ライブを初めて意識して客観的に見続けた結果、1つだけキーワードが浮かんできた。それは「勝負」である。

勝負──。ありきたりではあるが、この日ライブ会場にいた全員が複数の何かと真剣に勝負していた。ホルモンは観客・メンバー・関係者・そしてライブ会場にはいない誰かと。観客はホルモンや四方八方にいる他の観客と。私はホルモン、そして私自身と。

「勝つ」「負ける」と書いて勝負。この際、勝ち負けはどうでもいい。私が感動したのは、ホルモンが横綱相撲の如く全方向に対し真っ向勝負を仕掛け、そして受け止め切っていたという事実だ。テクニックも小技もない、あったのはただの壮絶な殴り合いである。

・勝負することの崇高さ

人間には勝負しなければいけない瞬間が必ずある。だが、勝負を避けることも出来る。あれこれと理由をつけリングに上がらず、ダメージを最小限に抑える技術を大人はいつの間にか覚えてしまうのだ。勝負から逃げ続けるとやがて襲ってくる、超ド級のダメージのことを考えずに。

今から20年ほど前、私は腕力に全く自信がなかった。なので、いつものように仲間内で始まる「腕相撲タイム」がイヤで仕方なかった。特にイヤだったのは、いつもはイジり倒している後輩からの挑戦で、何かと理由をつけてリングには決して上がらずにいたのだ。

そうしているうちに、どんどん目減りしていく自信。いつのまにか私はどこか自分を愛せない人間になっていた。私は戦って敗れることより、戦わずして敗れることの恐ろしさとダメージを知ったのだ。以来、筋トレを始め、今では誰から腕相撲を仕掛けられても、絶対に受けて立つようにしている。これも勝負だ。

だが、勝負は人それぞれにある。私の場合は単純な力だったので何とかなったが、世の中には自分1人ではどうしようもできないことの方が多い。そして何より重要なポイントは「勝負しようとしても誰も勝負してくれない」という現実だ。

・ホルモンと勝負しろ

考えてもみて欲しい。道行く人に「勝負しろ!」とは言えないし、そもそも何をもって勝負なのかも漠然としすぎている。ただ一方で「勝負するときに勝負できない人は、自分を愛せない」ことは事実であるハズだ。

様々なメディアから今日も聞こえてくる凶悪事件の数々。どの事件にせよ、犯人たちが自分のことを愛していたとはとても思えない。結局のところ、彼ら彼女らは勝負することから逃げ続けてしまったのだろう。そして勝負してくれる相手もいなかったに違いない。

そこで、マキシマム ザ ホルモンの出番である。これまでフェスなどで様々なアーティストのライブを観てきたが、ホルモンは勝負を真っ向から受けてくれる数少ないロックバンドの1つである。どのバンドも一生懸命やっている。全力でやっている。だが、勝負しているバンドはそう多くない。

いつか自分が何かをしでかしてしまいそうな予感がする人、極端に言えば「いつか誰かを殺してしまいそうな人」は、とりあえずホルモンのライブに足を運んでみて欲しい。CDを買って曲を覚えてから会場に行けばなお良しだ。そして全力で、まずはホルモンと勝負しろ──。

・勝負できれば自分を愛せる

勝ち負けはこの際、どうだっていい。「いざとなれば勝負できる自分」であることが、人間としての尊厳を守り、自分を愛する礎となるのだ。本物のナイフを誰かに振りかざしてしまう前に、心の刃をホルモンに向けてみて欲しい。彼らならば絶対に受け止めてくれる

きっとこの記事を読んでも「勝負?」とチンプンカンプンな人もいらっしゃることだろう。それはひとえに私の技術不足が原因であるが、それでも2019年6月5日、Zepp DiverCity TOKYOでは、数えきれないほどの勝負が繰り広げられていたことを報告しておきたい。

見切り発車で書き始めた記事なので、当然ながらまとまりもない。ただ、私もこの記事を通し、全身全霊でホルモンや関係者、そして全国の腹ペコたちと勝負したつもりだ。負けてもいいからリングに上がれ。リングがなければホルモンのライブへ行け。そして勝負できる自分を愛せ──。

Report:P.K.サンジュン
Photo:浜野カズシ


Source: ロケットニュース24